blogを立ち上げたものの,最初の記事が---自分で言うのもなんだが---唯一無二の内容過ぎたので,次の記事が書きにくくなってしまった.

会う人会う人に「blog読みました!」,という半分煽りとも取れるような言葉をかけて頂き, 大変ありがたく感じているのだが,このままでは次の記事は"アカペラ宇宙大会"にでも参加しないと書けなくなってしまうので,ハードルを下げるべく,気軽に "人の褌で相撲を取る" スタイルで2本目の記事を書く事にした.

 読んでくださる人も是非気楽に読もう.



 
念の為述べておくと,Twitter上のツイートの転載はTwitter自体が認めており,それについてユーザーも同意して投稿しているので,違法性はありません.
(ただ,自分のツイートを転載された記事を読んで不快になる方がいらっしゃる場合,それは私としても不本意なので,申し上げて頂ければ,削除致します.)

  社会人アカペラグループCubiXの方.
誤った記載をしてしまったので修正致します。大変申し訳ありません、何かしらで勘違いしておりました…!
以後こういった事がないよう、重々注意致します…申し訳ありませんでした。

私は未だ学生の身分であり,社会人の大変さは想像もできないが,このツイートを読み,正にそうなんだろうなと思った.
アカペラに限らず,何かを続けていくならば,ただひたすらに進み続けるべきなんだろうな,と.仕事以外の自分も持ちたいのであれば,その姿勢が必ず必要となってくるのだろうと思う.
以前から社会人の方とアカペラさせて頂く機会が結構あるが,そういった方々から得る勇気というのは相当なものである.


横浜国立大学アカペラサークルstairways1期の大先輩.
これまたアカペラに限らず,理想へ向かうにはとにかく進み続けるしかないという事が伝わる.
難しいのが,10年という規模でみれば理想はどんどん変化して,180°とはいかずとも90°程度の進路変更は往々にしてあるのだろうと予想される事である.
だからこそ面白いのだろうけど.


自分でツイートして自分でふぁぼっているのだから世話ない.
鈴木先生(武富健治作)という漫画の一節を元にした言葉.
「鈴木先生」の中では,学校教育は手のかからない真面目な生徒の心の摩耗の上に支えられている,という内容が鈴木先生の口から発せられている.
学校に限らずバンドだってそう.サークル運営だってそう.


アカペラパーフェクトブック著者あっしーさん.
楽譜作成フリーソフトMuse Scoreは,あっしーさんのBlogで紹介されているのを読んで以来私も大プッシュしている.
フリーソフトの中ではどう考えても断トツの機能なのだが,昔から違うソフトを用いてきたサークルの文化というのはそう簡単には変えられなくて,もやもやする.


あかぺら村のインフォセンター長のSINさん.
(※万が一あかぺら村を知らない若者がいたら必ずアクセスしてブックマークしておくこと.そして暇を見つけて動画を見ること)

アカペラを始めたばかりの人は,まずアレンジメントの重要性に気付く事がとても重要だ.
アレンジメントの良し悪しによって,同じように練習しても聴き映えや完成度が変わってくる.そして何より"上達具合"が違う.
故にアカペラサークルに入って初めて練習を行う楽譜の質は非常に非常に重要である...が,楽譜がかけないものだからサークルに残っている糞みたいな楽譜決して完成度が高いとは言えない楽譜をやむなく(というか先輩には糞みたいな楽譜決して完成度が高いとは言えない楽譜という認識は大抵の場合ない)使うことになる場面が,ありそうなものだ.
そういう意味での「アカペラ始めた人はまずプロのコピーをやるべき」論には賛同している.

私が持っている考え方に「アカペラの完成度は,それぞれの要素が限界を決める形で決定される」というものがある.例えば
アレンジの完成度50%,練習の内容と時間70%,各メンバーのポテンシャル・音とり90%
の3項目であれば
50%×70%×90%=31.5%
が既に完成度の上限となる.という考え方である.最終的な完成度はこれらにパフォーマンスや音響,当日のコンディション等あらゆる要素が組み合わさる事によって算出される.

このツイートではアレンジ自体が各完成度の限界を決めてしまう,という事が述べられている.
それを適用すると,アレンジが50%の場合,パフォーマンスの完成度の上限が初めから50%となり,全体では25%となる事を意味する.
多くの要素に制限をかけてしまう(もしくは多くの要素の可能性を広げうる)という意味で,アレンジは重要なのだと考えられる.

余談だが,最も多くの要素に影響を与えるのは,やはり「やる気」だろうな.


TRY-TONEのベースの方.
イデアというのは「理想のイメージ」的な意味合いと認識している.
ハモるという事についての説明としてこの上なくしっくりくる.
どういう音を出したらハモるか,というのは「既にハモった事象としてのイメージが存在している中に如何にハマるか」によって決定されると思う.
多少の理論は私も心得ているが,殆どの部分は経験によってしか得られないイメージ力だと思っているので,この感覚を如何に養えるかが重要だと思っている.

この感覚を得ていない人にこの感覚を伝えるのは非常に難しい.
当然だが言葉では絶対に伝わらない.


東京外国語大学LINESの方.
自分はアホ程ファッションに興味がなく,当然衣装について何の教養もない,完全にメンバーや衣装係任せの人間である.
人任せの癖に文句を少し述べさせて頂くと,
自分の衣装についての心理的ハードルとなっている理由が,「ファッションについての体系的な説明というものが世界に殆どないし,ファッションが分かる人は分からない人に分かるように説明してくれない」(憤怒)点にある.
その点このプレゼンスライドはめちゃくちゃ分かりやすい上に凄く納得させられる.
私レベルでもすぐ活用できる!とかいう次元の話ではないが,是非一度見てみて欲しい.


レコーディングスタジオGLOBAL SOUNDの方.
スタンダードな日本のコンテンポラリーアカペラバンドについて述べられている.
イマイチな演奏に終わる理由として,先輩が正解になっているという事が述べられていおり,そういった点においてもコピーバンドは簡易的に強いと言えるし,成長に繋がる根拠が確認できる.(お手本が素人とプロでは当然雲泥の差であろう)

私なんかは中学生の時が最もそういうアカペラを好きだったので,大学生になった時点では既に,この世に糞ほどはびこる何の変哲もない邦楽カバーは糞ほどつまらないと感じていた.
故に如何に違う事をやるかに注力していた訳だが,
通常のアカペラ始めたての人の多くはハモネプ的アカペラの系譜を引き継ぎたくてしょうがないだろう.
糞ほどつまらないと感じるか否かは感性の問題だからどうこう言う話ではないが,自分がやってきたアカペラによって,ハモネプ的系譜とはまた異なったアカペラの楽しみ方の幅を少しでも後世に示す事はできたのだろうか?という事は時々考える.


アカペラ楽譜ショップこんきち堂の方.
相対音感信者の私としては非常に耳が痛いお話.
大きな真実をついている.
絶対音感ではなく歌っている人,ハモっている人は結果として相対音感を用いて歌っているという事になるのだが,"常に相対的感覚を用いている訳ではない"という事実が存在する.
むしろ,逆さにとらえると,「完全に絶対音感がない」という人はいなくて,中途半端な自分の中でのキーに引っ張られて結局相対的にもハモれていないという事が往々にしてある.
その点,絶対音感を持っている上で器用に回りを聴ける人の方が,ハモりにおいて圧倒的に優位に立つという事が言えるだろう.


無花果や∫の方.
数あるくねくねさんのTwitter1人アカペラ動画の中でも1番好きな作品.
出だし爽やかな字ハモ,(たぶん)トップのみリードに合わせて動く事で躍動する感じを出しつつコード感を保っている.
その後「い~ても」からの母音を続ける定番のコーラスから決めの「出会う季節二度とない」に持っていく.
そしてその後!!

サビ折り返しにて「また字ハモにいくか?」と思いきや
トップを旋律としたAhコーラスラインへ!!

これはこうやって示されればもうこれしかないと思えるが,おいそれとはできない技術だ.
テンプレの1つと言えばそうなのだが,ここまで効果的に正解として示される事はそうない.アカペラの教科書に載せてほしいアレンジ.
そして決めのワード「Love」(たぶん)E♭m7(9)がグッときいた後にフィニッシュへ.
う~ん,素晴らしい...


ソウルシングライターの方.

これだけ個性的なリード力がぶち抜いている人が1人アカペラやってるのは相当珍しい.
リード以外の音楽的な感性と発想力もぶち抜けている.
今後の活動も楽しみだ.


全部俺アカペラーの方.

面白い.



という訳で以上です.

本年もどうかよろしくお願い致します.
今年も良いツイートを沢山ファボろう. 

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